「ピタジュマジック」カウントダウン企画“ピタジュが出来るまで”

ピタジュ結成秘話“ピタジュが出来るまで”

※このストーリーはピーターパンJr.の結成までに迫る連載企画です。2017年の現在進行形の話ではありません。登場する人物、ストーリーは全て過去のエピソードです。ピーターパンJr.のリーダーTAKUROを主人公としてお話を進めて参ります。

 

☆第三話「現実は恐ろしく冷酷に」

初めてのKLEARとTAKUROの合同路上ライブの日。この日の為に仕事の合間を縫って沢山の準備をして来た。カバー曲の選曲、練習。チラシの作成、印刷。ブログやSNSの更新。インターネットで路上ライブをしている沢山のアーティストの動画や記事も見た。その他、トークの練習やチラシの配り方の研究など、本当に沢山だ。

それに加えて僕には実力のあるグループKLEARがいる。何も怖いもの何て無い。一人じゃないんだ。

強気で臨んだ初路上ライブだったが結果は、惨敗…。

本当に誰一人として僕達の路上ライブに足を止めてくれる人は居なかったのである。たった一人も。

確かに緊張していたのでいつもの実力は出せていなかっただろう、東京での初めての路上ライブという事でぎこちなさもあったかも知れない。

しかし、

一人も立ち止まってくれない。という状況はさすがに想定していなかった。

この結果には焦りを超えて怒りすら覚えたものだ。

「一生懸命歌っているのに東京の人は本当に冷たい。」そんな風に自分勝手に思ってしまった程。もしかしたらKLEARと一緒で無ければ予め決めていた時間まで路上ライブを続ける事もせず途中で投げ出していたかも知れない。

自己嫌悪に怒り、そして絶望。様々な感情が僕の中をぐるぐる回り続け、ようやく路上ライブ終了の時間が来た。

この結果にはさすがのKLEARも堪えたのか、僕達はほとんど会話をする事も無く豪華に並べられた機材の片付けをした。

そしてこの日から僕達は徹底的に路上ライブを研究する事を決めた。

当初、週に一度だった路上ライブを週に二回に増やし。自分達の看板を作り。歌うだけでは無く道行く人に声を掛けるなどをして注意を引き付けるという方法を試した。同じように活動するアーティストからも沢山アドバイスをもらい、改善に改善を重ねた。

しかし、相変わらず僕達の前には一人のお客さんの姿も無く、ただただ道に向かって歌い続けるという日々が続いた。

ツイッターやインスタグラムでは華々しく活動する同年代のアーティスト達。こんな事をやっていて良いのか?追いつける日は来るのか?現実の厳しさからか、いつの間にかネガティブな発想しか出来なくなっている自分がいた。

そんなある日、僕に一本の電話が掛かってきた。それは梅雨のシーズンで何度か連続で路上ライブが雨で流れていた時期のことだった。

電話の相手はDAN。実はこの当時はまだ、僕とDANが直接話をする事はほとんど無く、TOMOYAを通して全てのコミュニケーションが取られている。という状況だった。

DANが一体僕に何の用だろう?そう思いながら電話に出た僕。

そしてこの後僕は、耳を疑う衝撃的な事実を知る事になる。

しかし、それはこれから続く最悪な日々のほんの序章に過ぎなかったのだ…。

to be continued…